| 横川地区は、昭和29年の市町村合併により旧横川村が宇都宮市に編入合併(S29.9.25)し、宇都宮中心市街地の南部近郊農業、住宅地区として発展してきました。
旧横川村は、明治22年の町村制施行に伴い田川や江川沿線地帯を中心に発展してきた上横田村、台新田村、江曽島村、東横田村、屋板村、砂田村、下栗村、東川田村、平松村、猿山新田の10ヶ村が合併し、南の東横田の「横」と北の東川田の「川」の二字をとり村名にしたといわれます。当時の人口は3,400人余りとなっていましたが、その後逐次増加し宇都宮市との合併時には7,200人余りとなっていました。
「横川村誌」には、「本村は元来農業を主体として組織形成せられたるものなれば村住民の大部分は農業に従事す。」、「宇都宮の隣接村なれども、各部落の市街地に隣接するものなし。故に宇都宮市北部に見る如き隣接商店を見ず。又宇都宮市場に近き為、凡その日用品及びその他の購入に際しては、宇都宮を利用する故、必然的に商業は発展せざるなり。思うに宇都宮市の膨張方向が、北、西にある現状に於いては、商業は、将来性乏しきものならん。只、東京街道に面する一部の地方にのみ、市の発展と共に漸次商業化する傾向を有す。」とあります。
合併後、横川地区には市の公共施設が相次いで設置(S43 横田清掃工場、S45屋板清掃工場、S45 老人福祉センターことぶき会館、S55 川田下水処理場、S62屋板運動場)されるなど、宇都宮市の発展とともに地区内人口も大幅に増加し、現在は3万人を超えるまでになっています。
地区中央には豊かな田園地帯が広がり、南東部には貴重な平地林を残し、東部・西部は商業地・住宅地として逐年発展しています。
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